真田丸お田の方歴史散策ツアー

おはようございます。


文月 十一日目 月曜日



真田丸のお田の方を訪ねる町歩きツアーが いま大人気ですね。
愛和スマイルカフェでも、 先月10人で行って来ましたよ^^!



町歩きガイドの佐々木さんが、天鷺神社、妙慶寺、龍門寺さん
というコースで案内して下さいました。




天鷺神社

小さな神社ですが、敷地内は相撲場でもあったそうで、
力道山も来たという土俵跡がありました。

元、土俵の上に立って どすこいパワーを 戴いてきました^^!!



町を歩くと畑の中にちょっと小高いところがあり、
ここには 駆け込み寺(尼寺)があったそうです。

相撲の土俵も、駆け込み寺も、
教えてもらわなければ 全然わからないような跡地で、
聞かなければ ただのちょっと小高い場所。

土地の至る所に 歴史があるのだなあと思いました。




こちらが妙慶寺さん。 お田の方のお墓があるところです。



真田幸村の五女として生まれたお田の方と、佐竹宣家とのなれ初めは、

兄の佐竹義宣が京都に行った際、お田の方の立居振舞や、
武道を教えていた お田の方の秀でた勇姿を見て、
「この女性は ただ者でない!」と察知、


お田の方に問いただし、真田幸村の娘とわかって、ぜひ弟・宣家の側室にと
願い 手を尽くし、佐竹家に向かい入れたそうです。


当時、天下の真田家の血筋は、全国の武家が懇願していたそうで、
めでたくお田の方を射止めた 佐竹宣家公は、相当、カッコよくて
いい人だったんでしょうね、と・・ 案内人の佐々木さんの推測です^^!



お田の方、実母(豊臣秀吉の甥・秀次の次女)、長女、弟(真田幸村の三男)
のお墓が並んでありました。

秀吉や幸村が、ぐっと近くに感じてきました。


五輪塔は、真田幸村の三男・幸信の墓碑だそうです。


真田家家紋「六文銭」



妙慶寺資料館もありました。

お田の方は、法華経を信仰されておられたそうです。



美しい方ですね。

お田の方の甲冑や刀もありましたが、写真は撮れませんでした。(怖くて)
兜には、真田家の家紋「六文銭」も、ちゃんと刻まれていました。


蒔絵衣桁(えもんかけ)

お田の方が使っていらっしゃった衣桁は、
黒漆に金蒔絵で、牡丹唐草文様。
桃山時代の漆工芸品に 見とれてきました。



展示は まだまだあって、ひとつひとつ、佐々木さんが丁寧に
説明して下さいました。

小さい資料館ですが、見応えは十分でしたよ!!



その後、佐竹家の菩提寺、龍門寺さんまで 亀田の町の中を
眺めながら 歩いて向かいました。


しっとりした町並みは、情緒たっぷり。


映画「砂の器」で登場した丸半旅館さん。


旧郵便局。



龍門寺さんです。





龍門寺さんは、亀田藩主岩城家の菩提寺。

元国連大使の明石さんが訪れた際、
厳粛な杉木立の階段の参道の奥に存在するお寺さん という造りに、
「秋田にもこのようなお寺があったとは・・」と驚かれたとか。



お地蔵様、 ありがとうございます。



本殿の裏手の杉林を登ったところには
御霊廟がずらっと並んでいて、
ここに こんなところがあったのね・・と、びっくりしてきました。
(写真は畏れ多くて撮れませんでした。)

御霊廟の中には、名君と言われる 2代藩主 重隆公の木造が
安置されておられました。


厳粛な雰囲気の中で、歴代藩主にまつわるお話も 興味深いものでした。




それぞれの歴史を教えていただきながらの散策は、
とっても楽しくて 2時間半があっという間。


帰る頃には 「どこか遠くに旅行に来たみたいだね~」と、
みんなが言い合うほど 亀田の歴史を堪能しました。

佐々木さん、ありがとうございました。(_ _)。



真田丸がなかったら このような事もなかったと思います。
「真田丸」に 感謝です。(_ _)。



羽州亀田藩城下町の歴史散策、とってもオススメです。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶



でも・・・戦国時代に生まれなくてよかった。。。




今日も平穏な一日でありますように。
いってらしゃい。


Kumiko

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